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最高裁判所第二小法廷 昭和59年(行ツ)286号 判決

上告人 特許庁長官

代理人 菊池信男 大島崇志 島田清次郎 宮崎芳久 岩舩榮司 上野至 高須要子 後藤博司 ほか四名

被上告人 ストウフアー・ケミカル・カンパニー

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人藤井俊彦、同大島崇志、同野崎彌純、同古谷和彦、同上野至、同高須要子、同後藤博司、同福田泰三、同星野忠吉、同鈴木夏生、同伊藤繁の上告理由について

一  原審の適法に確定したところによれば、被上告人は、昭和四七年四月一七日、名称を「除草組成物」とする発明につき、特許出願をし(昭和四七年特許願第三八五六七号)、昭和五四年一〇月一三日、本件出願について出願審査の請求をしたが、上告人は、本件出願審査の請求が特許法四八条の三第一項所定の期間経過後にされたものであることを理由として不受理処分にした、というのである。

被上告人は、特許法四八条の三第一項所定の期間の不遵守により将来発生すべき特許権を得ることができなくなるという重大な損失を受けるから、右期間の不遵守について民訴法一五九条一項を類推適用すべきであり、本件において被上告人に同項所定の責に帰すべからざる事由があると主張し、上告人に対し、本件不受理処分の取消を求めたところ、第一審は、特許法四八条の三第一項所定の期間を遵守しなかつた場合について、民訴法一五九条一項を類推適用する余地はないとし、本件出願は、右期間内に出願審査の請求がされていないから、特許法四八条の三第四項の規定により取り下げられたものとみなされ、したがつて、本件訴えは、本件不受理処分の取消を求めるにつき法律上の利益を欠くとして、これを却下した。

これに対し、原審は、特許法四八条の三第一項所定の期間も民訴法所定の不変期間と同視して、これに民訴法一五九条一項の規定を準用すべきであるから、被上告人が右期間を遵守することができなかつたことについて、その責に帰すべからざる事由があつたかどうかを審理すべきであるとして、第一審判決を取り消したうえ、本件を第一審に差し戻した。

二  しかしながら、原審の右判断は、到底是認することができない。その理由は、次のとおりである。

特許法は、同法二四条、一四六条、一四七条三項、一五一条、一六九条二項、四項、一七一条二項、一九〇条のように特別に規定する場合にのみ民訴法の規定を準用することにしている。また、特許法は、拒絶査定に対する審判の請求期間(一二一条一項)、補正の却下決定に対する審判の請求期間(一二二条一項)、再審の請求期間(一七三条)について、右各期間の不遵守の場合についての救済規定(右各条各二項)を設けているが、いずれの場合も、特許に関する行政行為の効力をできるだけ早期に確定させて法律関係の安定を図るため、民訴法一五九条一項の規定とは異なり、期間不遵守の理由がなくなつた日から一四日以内で、かつ、その期間の経過後六月以内に限り当該請求をすることができることとし、それ以後は事由の如何を問わず当該請求をすることができないものとしている。ところが、特許法四八条の三第一項所定の期間については、特許法に民訴法一五九条一項の準用規定が設けられていないし、特許法に右期間の不遵守の場合についての救済規定もない。

また、民訴法一五九条一項にいう不変期間とは、法律により特に不変期間と定められたものをいうのであつて、民訴法一五九条一項により追完を許されるのは、右のような不変期間に限ると解すべきである(最高裁昭和三二年(オ)第一二三六号同三三年一〇月一七日第二小法廷判決・民集一二巻一四号三一六一頁)。そして、特許法は、審決等に対する訴えの提起期間(一七八条四項)のように、不変期間とする場合を明文の規定をもつて定めているところ、特許法四八条の三第一項所定の期間については、これを不変期間とする明文の規定を設けていない。

そうすると、特許法の趣旨は、同法四八条の三第一項所定の期間の不遵守が出願人の責に帰すべき事由によると否とを問わず、右期間経過後は出願の取下げを擬制することにより(同条の三第四項)、以後の手続を明確化し、特許法律関係の安定化を図るところにあると解すべきである。

以上みてきたところによれば、特許法四八条の三第一項所定の期間を遵守しなかつた場合について、民訴法一五九条一項の規定を準用ないし類推適用する余地はないものというべきである。これと異なる見解を採る原判決には、法令の解釈適用を誤つた違法があるものというべきであり、その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、被上告人は、本件出願につき、特許法四八条の三第一項所定の期間内に出願審査の請求をしなかつたものであるから、本件出願は、同条の三第四項の規定により取り下げられたものとみなされる。したがつて、本件訴えは、本件不受理処分の取消を求めるにつき法律上の利益を欠くから、却下を免れない。これと結論を同じくする第一審判決は正当であり、被上告人の控訴は、これを棄却すべきである。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤島昭 大橋進 牧圭次 島谷六郎 香川保一)

上告理由

原判決は、特許法四八条の三第一項に定める出願審査の請求期間(以下「出願審査請求期間」という。)につき、これを民訴法の不変期間と同視し、右期間のけ怠に対し民訴法一五九条一項を準用すべきであると判示するが、右判示は同条項及び特許法四八条の三第一項の解釈適用を誤つたもので、右の法令違背が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一 原判決は、「出願審査請求期間は、これを徒過することによつて、裁判が確定するというようなものではないが、これを徒過すれば、特許出願は取り下げたものとみなされ(特許法第四八条の三第四項)、出願にかかる発明は審査されることなく、したがつて出願人は特許権者たり得る機会を永久に失つてしまうものであるから、その期間の懈怠の結果は出願人の不利益に結びつけられているものというべきであり(出願人が始めからその不利益を甘受しようとして出願審査の請求をしないことが許されることはいうまでもない。)、このように期間不遵守の結果が権利の得喪にも比すべき出願人の重大な不利益に結び付けられていることに照らせば、その責に帰すべからざる事由によつて右期間を遵守できなかつたときは、明文の規定はないけれども、不変期間に関する民事訴訟法の規定を準用して、その追完を許すものと解するのが相当である。」と判示する(原判決四丁裏一〇行目ないし五丁裏一行目)。

しかしながら、特許法は特別の規定のある場合にのみ民訴法の規定を準用することとしているのであつて、何ら特別の規定の設けられていない出願審査請求期間について民訴法一五九条一項を準用することは許されないものである。

すなわち、特許法はその規定中に民訴法とその趣旨ないし適用場面を同じくする規定を多く設ける(三条ないし一四条、一六条、二一条ないし二三条、一三一条、一三三条ないし一三五条、一三九条ないし一四四条、一五〇条、一五四条、一七二条、一七三条等)とともに、民訴法を準用する場合を逐一明文をもつて規定している(二四条、一四六条、一四七条三項、一五一条、一六九条二項、四項、一七一条二項、一七四条、一九〇条)。これは、特許法がいわゆる工業所有権法の基本法であることにかんがみ、手続の明確性を期するため、解釈による民訴法の規定の準用を排斥し、特許法の目的に照らし必要とする範囲において、直接規定を置くか、又は、明示的に民訴法の規定を準用することとしたためである。したがつて、特許法の解釈に当たつては、明文による準用規定がない限り、民訴法の規定が準用される余地はないものといわなければならない。

これを手続の追完についてみるに、特許法は、手続の追完については、拒絶査定に対する審判の請求期間(一二一条一項)、補正の却下の決定に対する審判の請求期間(一二二条一項)、再審の請求期間(一七三条一項)についてのみ民訴法一五九条一項と同趣旨の規定(右各条各二項)を設け、また、審決等に対する訴えの提起期間についてはこれを不変期間とする旨の規定(特許法一七八条四項)が設けられているが、出願審査請求期間の追完に関しては、何らの規定もなく、もちろん民訴法の準用規定も設けられていないのであつて、右期間について解釈により民訴法一五九条一項を準用することは許されないものというべきである。

二 原判決は「法に当該期間を不変期間とするとの明文の規定のないものであつても、例えば上告理由書提出期間のように、その期間不遵守の結果直ちに裁判を確立させてしまうことが当事者にとつて酷になるような場合には、民事訴訟法第一五九条を準用して、その追完を許すべきものである」(原判決四丁裏四行目ないし九行目)とした上で、「本件出願審査請求期間は、これを徒過することによつて、裁判が確定するというようなものではないが、これを徒過すれば、特許出願は取り下げたものとみなされ(特許法第四八条の三第四項)、出願にかかる発明は審査されることなく、したがつて、出願人は特許権者たり得る機会を永久に失つてしまうものであるから、<中略>期間不遵守の結果が権利の得喪にも比すべき出願人の重大な不利益に結び付けられていることに照らせば、その責に帰すべからざる事由によつて右期間を遵守できなかつたときは、明文の規定はないけれども、不変期間に関する民事訴訟法の規定を準用して、その追完を許すものと解するのが相当である。」(原判決四丁裏一〇行目ないし五丁裏一行目)と判示する。

しかしながら、原判決の右判示は民訴法の解釈としても誤つている。

すなわち、民訴法一五九条一項は、不変期間として明記された期間に限つて適用されるものと解すべきことはつとに最高裁昭和三三年一〇月一七日第二小法廷判決(民集一二巻一四号三一六一ページ、同旨最高裁昭和三五年六月一三日第二小法廷決定・民集一四巻八号一三二三ページ)が判示するところである。民訴法上、不変期間とは法が特に不変期間として明記する期間を意味するものと解されており(兼子一・条解民事訴訟法上三八六ページ、菊井=村松・全訂民事訴訟法Ⅰ八七〇ページ等)、これら不変期間として明記された期間はそのほとんどが裁判に対する不服申立期間であつて(民訴法三六六条、四一五条、四二四条一、二項、四四〇条、七七五条一項、八〇四条一項)、そのけ怠は、当然に裁判の確定や訴権の喪失という当事者にとつて重大かつ終局的な結果をもたらす一方、訴訟の迅速化ないし手続の明確化という公益上の要請から比較的短い期間として定められており、しかも、右期間の伸長は一切認められないのである(民訴法一五八条一項)。そのため、当事者が不測の障害によつて右期間を遵守できない場合も予想され、このような場合にも右失権の効果を認めることは当事者に対し余りにも酷になり衡平を失するところであり、それゆえ、これら不変期間については、一定の要件を定めて民訴法一五九条一項でその追完を認めているものと解されるのである。他方、不変期間以外の期間については、比較的長い期間が定められているか、又は、当事者らがその後の手続において追完する機会がある等なんらかの救済を得る余地があるものであり、民訴法一五九条一項による救済を認める必要性は乏しいのである(なお、原判決が例としてあげる上告理由書の提出期間にしても、上告受理通知書の送達を受けた日から五〇日間と比較的長い期間が定められており、不変期間と解すべきものでも、民訴法一五九条一項の類推適用を認めるべきものでもない。このことは大審院昭和一一年一〇月三一日判決(法学六巻二号一一七ページ)の判示するところであり、このことを前提として、最高裁昭和三七年九月一三日第一小法廷判決(民集一六巻九号一九一八ページ)は上告理由書提出期間経過後の上告理由補充書の提出を追完事由の有無を判断することなく不適法としており、また、最高裁昭和四二年一二月二〇日第一小法廷決定(民集二二巻五号一一一七ページ)は、上告理由書提出期間経過後に原判決につき民訴法四二〇条一項七号、二項所定の再審事由に該当する違法事由のあることが確定した旨の上申書が提出された場合について、民訴法一五八条一項を適用して上告理由書提出期間満了後の期間の伸長を決定している(菊井=村松・前掲九〇四ページ参照)。)。

したがつて、民訴法一五九条一項は、法が不変期間として明記する期間に限つて適用されると解するのが民訴法の趣旨に沿うものであり、また、同条項の文理に合致するものである。

出願審査請求期間については、原判決も認めるとおりこれを不変期間とする明文の規定は存しないのであるから、右期間のけ怠について民訴法一五九条一項を準用する余地はないというべきである。また、右期間は特許出願の日から七年という極めて長期間であつて(特許法四八条の三第一項)、不変期間として明記されている期間と同性質のものとはおよそ考えられないものであり、この点からも右一五九条一項を準用する理由はない。

なお、最高裁昭和五〇年九月一一日第一小法廷判決(裁判集民事一一六号三九ページ)は、特許法一一二条一項の特許料の追納期間について、民訴法一五九条の適用ないし類推適用を否定している(なお、その原審である東京高裁昭和四九年九月一八日判決、判例タイムズ三一六号二三五ページ参照)。そして、右期間がけ怠されると特許権は遡及的に消滅し又は初めから不存在とみなされ、特許権者にとつて重大な不利益をもたらすものである(特許法一一二条三、四項)から、そのけ怠による失権の効果は出願審査請求期間のけ怠以上のものであり、かつ、右追納期間が六月と出願審査請求期間の七年と比較して短いものであることを考えると、右判決からは、出願審査請求期間のけ怠の場合に民訴法一五九条一項は準用されないとの結論に至るのが自然であり、以上述べたところと右判決の説示はその趣旨において一致するものである。

三 更に、出願審査請求期間に民訴法一五九条一項を準用して手続の追完を認めることには何ら実質的理由がなく、追完を認めるとかえつて弊害を生じることになるのであつて、右準用を許すことは不合理である。

1 出願審査請求制度は、特許出願のうち真に審査をする価値のあるものについてのみ審査をし、審査を必要としない出願については審査を省略することにより全体としての審査の促進を図ろうとするものである。すなわち、出願の中には、特許性のある発明であつても出願人自身は必ずしも独占権を必要としないが他人が特許権を取得して自己の事業の実施が妨げられることをおそれて出願するもの、審査の基準が具体的につかめないため出願人自身は本来権利となるべきものではないと判断しても他人が出願して権利となつた場合に、訴訟等で争うことは煩雑となるのでそれを予防する意味で出願するもの、あるいは、出願後の技術進歩のためその技術の経済的価値がなくなりすでに独占権を取得する意思を失つているもの等が含まれており、この種の出願は、他人に権利が設定されないという保証が得られれば必ずしも出願自体を審査し登録することまで希望しているものではない。そこで、出願のうち審査を必要とするものについては、一定の期間内に出願審査請求をさせることとし、出願審査請求をしない出願に対しては審査はしないが、いわゆる先願としての地位を認めるということにすれば出願人の目的を達しうるし、他方、特許庁としても真に審査を必要とするものだけを審査すればよいことになるから、審査の質を維持しつつ審査の処理を促進できることになる。ここに出願審査請求制度が採用された理由がある。

2 そして、特許法は、前記のとおり出願審査請求期間を特許出願の日から七年以内と規定しているが、その理由は、前述のような出願審査請求制度の趣旨からすれば出願人が出願について審査を受けることとすべきかどうかを選別するための期間としては七年で十分であると思料されたことと外国の法制を配慮したことにある。すなわち、出願審査請求期間は、これを余り短期間にすれば、出願人は出願につき出願審査請求すべきかどうかを選別する時間的余裕がないためとりあえず審査請求しておくということになり、出願審査請求率はいたずらに高くなり、ひいては出願審査請求制度を設けた前記意義を没却することになるし、他方、余り長期間にすると、権利がいつまでも不安定になり、出願公開後の補償金請求権(特許法六五条の三)とも関連して第三者に影響を与えることになるので、その均衡を保つ期間であることが必要である。そして、出願審査請求期間を七年としたのは、国際的にみても、出願人が当該出願の発明についてそれが特許権にまで至るものか否かの選別をすることができる期間としては七年で十分であること、出願審査請求制度を採用している諸外国の出願審査請求期間の立法中最長期であるドイツ連邦共和国、オランダが定める七年よりも日本の出願審査請求期間を短くすると、それだけ日本における審査請求率が高くなり(外国と日本の両方へ同時に出願した場合、出願人は出願審査期間の短かい国においてまず審査請求しようとすると考えられる。)、前記のように審査の促進を図るため出願審査請求制度を採用しようとする趣旨に反すること等を考慮した結果である。右七年の期間は、出願人において審査を求めるかどうかを選別するための期間としては極めて長く、十分な余裕があるものといえるのであつて、更に手続きの追完というような救済手段を認めなくとも出願人に酷すぎるとはいえないものである。

3 他方、出願審査請求期間に民訴法一五九条一項を準用して手続の追完を認めるならば、次のような弊害が生ずる。

(一) 民訴法一五九条一項を準用して手続の追完を認めるときは、出願審査請求をしなかつたことについて出願人の責に帰すべき事由があるかどうかを個別的に確認しなければ、みなし取下げ(特許法四八条の三第四項)の処理を行うことができず、したがつて、いわゆる先願としての地位が存続している場合であるかどうかが不明確になり、第三者も当該出願にかかる発明を実施することができるかどうかの判断に迷うことになり、ひいては特許法律関係の安定性を害することになる。

(二) 出願審査の請求は「何人も」することができる(特許法四八条の三第一項)から、出願審査請求期間は出願人のためだけの期間でなく第三者のための期間でもある。したがつて、出願人に手続の追完を認めることは、他の無限の第三者にもこれを認めることになり、ますます特許法律関係の安定性を害することになる。

4 このように、出願審査請求期間を遵守しなかつた出願人を救済すべき実質的理由を見いだせないばかりでなく、かえつて、手続の追完を認めることにより多大の弊害があることにかんがみるならば、出願審査請求期間に民訴法一五九条一項を準用すべき実質的理由がないことは明らかである。

なお、原判決は、出願審査請求期間が七年と長く定められていることは民訴法一五九条一項を準用する妨げにならないとして、「審査請求の期間を七年と定めた法意は、出願人にかかる発明が経済性を有するものになり得るかどうかの成行きを見届けさせる期間としてはその程度の期間とするのが相当であるとされたからに他ならず、その間、出願人としては審査請求すべきかどうかの判断を留保しつつ事態の推移を見守る自由を法的に保証されているともいうべきものなのであるから、これを正当に活用して事態の推移を十分に見極めようとした出願人において、七年の期間の最後に当たり不測の事態が生じたため、右期間を遵守できないという場合も生じ得るところであつて、審査請求については七年という比較的長い期間が定められているからといつて、それが理由の如何を問わず手続の追完を許さなくとも出願人に酷に過ぎることはないとすることはできないというべきである」と判示する(原判決五丁裏四行目ないし六丁表五行目)。

しかしながら、特許法上出願審査の制度が設けられた理由は前記のとおりであり、確かに出願審査請求期間が七年と定められた趣旨には原判決が述べるところも含まれるが、他面、特許法は、右期間を徒過した場合は出願の取下げを擬制することにより以後の手続を明確化し、特許法律関係の安定化を図つているのであり、原判決は、このような法的安定の要請を考慮することなく追完を許すべきであるとするもので、極めて一面的な解釈であり、到底採り得るものではない。

四 ちなみに、出願審査請求期間を七年と定めるについて、我が国が参考としたドイツ連邦共和国特許法、オランダ特許法について若干の検討を加える。

両特許法は、前記のとおり出願審査請求期間は、我が国と同様七年であるが、この期間のけ怠については原状回復規定を置き、その追完を一定の要件の下に認めている(ドイツ連邦共和国特許法一二三条、オランダ特許法一七条A)。

ところで、け怠した行為の追完をどの限度で認めるかは、立法政策の問題であり、け怠の効果の重要性、手続の迅速及び安定の要請とけ怠の効果の除去を生ぜしめる追完・補正の可能性、期間の長短、期間中に出願人に要求される行為の有無等とのかね合いから定められるものである。我が国の特許法は出願審査請求期間のけ怠については、前述のとおり、これら諸般の事情を考慮し、手続の追完を認めなかつたものである。ドイツ連邦共和国特許法においては特許出願につき出願日から起算して第三年目及びそれ以後の各年につき年金を納付しなければならず(一七条)、年金の納付が期限までになかつたときは、出願は取り下げたものとみなされているのである(五八条三項)。オランダ特許法においても同様の規定(ただし、年金の納付の開始は出願日から起算して第二年目である。)がおかれている(二二条D)。右の年金(出願維持料金)制度の目的は、出願審査期間が出願から七年という長期間にわたつているので、発明者をしてその発明を維持するのに十分な価値があるかどうかを一定期間ごとに確認させることにより、期限の到来前に不必要な出願を整理することにある(後藤晴男・欧州諸国の改正特許法一九ページ)。すなわち、出願人が出願審査請求期間中年金を納付しているならば、特許庁としては出願人の出願を維持する意思を確認できるのであるから、年金を納付しながら出願審査請求期間をけ怠した者を救済することもそれなりに首肯できるのであり、また、両国においては、出願審査請求期間は七年と定められているものの、前記のような年金制度を採用することにより、右期間は事実上一年又は三年に短縮されているとみることもできる。

これと異なり、我が国特許法は、右のような年金制度を採つていないのであるから、ドイツ連邦共和国、オランダにおいて、出願審査請求期間のけ怠につき手続の追完を認めていることをもつて、これを我が国特許法にも肯定しようとする根拠とはなり得ないというべきである。

五 以上のとおりであるから、出願審査請求期間のけ怠に対し民訴法一五九条一項を準用すべきであるとした原判決は、同条項及び特許法四八条の三第一項の解釈適用を誤つたものであり、右の法令違背が判決に影響を及ぼすことは明らかというべく、原判決は破棄されるべきものである。

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